Harry Bertoia
ハリー・ベルトイア
( 1915-1978 ) イタリア
イタリアのサン・ロレンツォ生まれの彫刻家、そして工芸デザイナーです。 1950年代を中心にデザインされた家具やインテリア、建築物などを指す「ミッドセンチュリー」を代表するデザイナーです。
15歳のときに家族と共にアメリカに移民し、ブルームフィールドのクランブルック美術アカデミーで美術の基礎を学びます。1936年にはデトロイトの大学に進学し、彫刻と金属工芸を学びます。 大学卒業後は、特待生としてミシガン州のクランブルック美術アカデミーに入学し、アメリカを代表するデザイン界のパイオニア「イームズ夫妻」や、建築家でありプロダクト・デザイナーの「エーロ・サーリネン」らと共に学びます。その後は、アカデミーに金属加工科を設立して自らも4年間学部長として教鞭を執りました。
1943年以降はカリフォルニア州に移り、チャールズ&レイ・イームズらと共にプライウッド(成形合板)の加工技術の開発に貢献します。 1947年には、彼の類まれない才能に惚れ込んだ建築家であるフローレンス・ノールと、ノール(Knoll)社の設立者であるハンス・ノールからの要望を受けて、ノール社の工場の一部に工房を設けました。
スチールを使った家具の開発に没頭し、1952年にノール社から発表された「ダイヤモンドチェアシリーズ」は、20世紀の近代家具デザインを象徴する作品として国際的な地位を確立しました。 ワイヤーのみで構成されているダイヤモンドチェアは、アート作品とも表現できる美しい椅子です。座ることだけを考えたデザインではなく、ワイヤーのすき間から見え隠れする背景との融合性も緻密に考えられた作品としての味わいも兼ね備えています。
ダイヤモンドチェアシリーズと同様にノール社から発表された「ベルトイア・サイドチェアシリーズ」も、彼の代表的な作品の一つです。彫刻家としてのアイデアと技術を用いて鋼ワイヤーを巧みに使った曲線が美しく、ワイヤーでありながら透明感や柔らかさを感じるデザインとして多くの人を魅了しました。
ハリー・ベルトイアが開発した代表先であるダイヤモンドチェアシリーズやベルトイア・サイドチェアシリーズ以降は、椅子などの家具制作を行うことなく彫刻家としての活動に没頭していたといわれています。 そして、音響彫刻家として知られる彼は、マサチューセッツ工科大学にあるクレスゲ教会(MITチャペル)にある祭壇に金属製の彫刻を設置した代表作があります。彫刻から光が降り注ぎ、反射した美しい光がキラキラと大理石に映しだされる神秘的な空間を演出しています。
Harry Bertoia
ハリー・ベルトイア
( 1915-1978 )
イタリア
イタリアのサン・ロレンツォ生まれの彫刻家、そして工芸デザイナーです。
1950年代を中心にデザインされた家具やインテリア、建築物などを指す「ミッドセンチュリー」を代表するデザイナーです。
15歳のときに家族と共にアメリカに移民し、ブルームフィールドのクランブルック美術アカデミーで美術の基礎を学びます。1936年にはデトロイトの大学に進学し、彫刻と金属工芸を学びます。
大学卒業後は、特待生としてミシガン州のクランブルック美術アカデミーに入学し、アメリカを代表するデザイン界のパイオニア「イームズ夫妻」や、建築家でありプロダクト・デザイナーの「エーロ・サーリネン」らと共に学びます。その後は、アカデミーに金属加工科を設立して自らも4年間学部長として教鞭を執りました。
1943年以降はカリフォルニア州に移り、チャールズ&レイ・イームズらと共にプライウッド(成形合板)の加工技術の開発に貢献します。
1947年には、彼の類まれない才能に惚れ込んだ建築家であるフローレンス・ノールと、ノール(Knoll)社の設立者であるハンス・ノールからの要望を受けて、ノール社の工場の一部に工房を設けました。
スチールを使った家具の開発に没頭し、1952年にノール社から発表された「ダイヤモンドチェアシリーズ」は、20世紀の近代家具デザインを象徴する作品として国際的な地位を確立しました。
ワイヤーのみで構成されているダイヤモンドチェアは、アート作品とも表現できる美しい椅子です。座ることだけを考えたデザインではなく、ワイヤーのすき間から見え隠れする背景との融合性も緻密に考えられた作品としての味わいも兼ね備えています。
ダイヤモンドチェアシリーズと同様にノール社から発表された「ベルトイア・サイドチェアシリーズ」も、彼の代表的な作品の一つです。彫刻家としてのアイデアと技術を用いて鋼ワイヤーを巧みに使った曲線が美しく、ワイヤーでありながら透明感や柔らかさを感じるデザインとして多くの人を魅了しました。
ハリー・ベルトイアが開発した代表先であるダイヤモンドチェアシリーズやベルトイア・サイドチェアシリーズ以降は、椅子などの家具制作を行うことなく彫刻家としての活動に没頭していたといわれています。
そして、音響彫刻家として知られる彼は、マサチューセッツ工科大学にあるクレスゲ教会(MITチャペル)にある祭壇に金属製の彫刻を設置した代表作があります。彫刻から光が降り注ぎ、反射した美しい光がキラキラと大理石に映しだされる神秘的な空間を演出しています。